甲府地方裁判所 昭和50年(タ)30号 判決 1976年10月29日
原告
甲野花子
<仮名>
(昭和二二年一一月三日生)
右訴訟代理人
五味和彦
被告
乙太郎
<仮名>
(西暦一九四二年五月二一日生)
主文
一、原告と被告とを離婚する。
二、原告と被告との間の長男乙一郎<仮名>(西暦一九七〇年七月二〇日生)の監護人を原告と指定する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一<証拠>によると、原告と被告とはいずれも婚姻後も氏を変えることなく婚姻前の氏を称していることが認められるから、原告ら夫婦についてはいわゆる称氏者がない。ところで、本訴が提起された日は昭和五〇年一二月一九日であるので「民訴法等の一部を改正する法律」(昭和五一年法律第六六号)附則3によると離婚の管轄については右改正前の人訴法の旧規定によるべきところ、右旧規定は本件の如きいわゆる称氏者のない夫婦に関して何ら規定していない。そこで、管轄の基本原則に立ち返つて考えるとき後記認定のとおり被告が原告を悪意で遺棄し所在不明である本件のような場合においては(本件では被告所在不明につき公示送達している)、公平の原則に則り妻たる原告の普通裁判籍を有する地の地方裁判所が専属管轄を有すると解すべきである。それゆえ、当裁判所は本件離婚等の訴につき管轄を有する。
二、そこで本案について判断する。
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1 原告は山梨県韮崎市に本籍を有し、国籍を日本国とする者であり、被告は国籍を「朝鮮」とし、国籍の属する国における住居所を朝鮮平安南道順川郡舎人面会人里とする者であるが、原告と被告は昭和四二年九月結婚式を挙げ、昭和四三年四月二日に甲府市長に対し婚姻の届出をした。
2 婚姻後、原告と被告とは甲府市内等で世帯を持ち、被告は同市内のホテル日商で調理士として働き、夫婦仲も普通であつた。しかし、その後、被告が石和町のホテル日商にに転勤して後、女中に子供を懐妊させ、原告も実家に帰つて来たが、被告が詫びて同居することになつた。そして、前記のとおり長男乙一郎をもうけた。
3 昭和四六年初、原告と被告は、東京都江東区<以下省略>に転居し、被告は新橋の料理屋で板前をしていたが、そのころから、たびたび、被告はマージヤンをしたりして、家へ帰らず、金も入れなくなり、やむなく原告は内職をして生活をしていた。その間、昭和四六年二月に原告の父が死亡したが、その際原告らには香典にする金すらなく原告の姉が立て替えたなどの事情もあつた。
4 原告の父が死亡して半年位後に、原告は姉に、被告が家に帰らず、金も入れず、たまに帰つてきたときに原告が要求すると暴力を振うことが多く、原告は家賃も払えず、食べるものもろくにないことを電話で連絡し、子供を抱えて帰れないので迎えに来てくれるよう頼み、原告の姉の夫が迎えに行き、原告は身の回りのものを持つて実家に帰つてきた。そして原告は甲府市<以下省略>のアパートに住んでバーに勤め、長男は原告の実家の母が面倒をみた。
5 原告が右アパートに移つてから、被告がアパートに来て、刃物を振り回し、止めに入つた原告の姉に怪我を負わせたり、原告が甲府市蓬沢町に引越したときも、被告は暴れて来て原告を蹴り目に怪我を負わせた。その間、原告は家庭裁判所に調停の申立をしたが、被告が不出頭で不調となつた。
6 その後、約四年間、被告からは送金はもちろん、連絡さえなく、警察の所在調査でも江東区<以下省略>にも現在せず、また元の勤め先を辞めていることも判明した。一方、原告は、現在、寿し屋に勤め、会計や皿洗をして生計を立て、長男を監護養育している。
7 原告は長男乙一郎を被告の不在中ひき続き養育し、現在も、自ら生計を立てつつ、親類の援助も借りながら、その養育の責任を果たしている。
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
ところで、原被告の国籍および本籍は頭書各肩書のとおりであるところ、被告の本籍は朝鮮民主主義人民共和国(以下北鮮という)の支配地域内にあることは当裁判所に顕著な事実である。そして法令第一六条によるとき本件離婚については北鮮の法令に準拠しなければならないこととなる。そもそも裁判において判断の基準となるべき法令は裁判時に効力を有する法令として有権的に確認されまたは高度の信頼性を有する資料によつて確認された法令でなければならないところ、当裁判所はそのような意味における北鮮の法令を詳かにすることができない。それゆえ、条理によつて判断しなければならないところ、条理による場合においても北鮮における法令の状態の大要が判明するときはこれを考慮に入れて判断することが相当であると解する。そこでこの点についてみると、北鮮においては、「男女平等権に関する法令」(一九四六年七月三〇日公布施行)第五条および「離婚事件審理に関する規定」(一九五六年三月六日付司法省規則)第九条によれば離婚原因について「夫婦関係をそれ以上継続できないとき」として、これを相対的かつ包括的に規定している。また実際上の適用については一九五〇年三月七日共和国最高裁判所全員会議による決定第二号「離婚訴訟解決に関する指導的指示」によれば、離婚は、「それ以上夫婦関係を持続したら家庭生活の健全な発展を阻害するか、または子の養育に悪影響を与えるおそれがある場合」にだけ認められるべきであると解される(欧竜雲鑑定「朝鮮民主主義人民共和国および中華人民共和国の領域内に在籍する外国人と日本人との間の離婚の準拠法等に関する鑑定書」家庭裁判所月報二二巻二号二〇五頁以下、政治経済研究所編訳「朝鮮民主主義人民共和国重要法令集」(一九四九年九月)、金具培(朝鮮民主主義人民共和国の家族法」法律時報三三巻一〇号七二頁以下)。
右北鮮の法令の大要を考慮に入れ、これを一般的な条理の内容を補足するものとして考えると、条理上、北鮮の国籍を有する夫と日本の国籍を有する妻との間の離婚については、悪意で遺棄されかつ婚姻の継続を相当と認めるべき事情がない場合には裁判上の離婚を認めることができるものと解すべきである。本件について前記認定の事実にもとづいて考えるとき、右裁判上の離婚を認めるべき場合に該当することが明らかであるので、原告とを離婚することを命ずべきこととなる。
つぎに、子の監護者の指定についてみるに、法令第二〇条によるとき父のある本件については前記離婚におけると同様父たる被告の本国法である北鮮の法令に準拠しなければならないことになる。この点についても前記離婚におけると同様当裁判所は前記の意味における北鮮法令を詳かになしえないので、条理によるべきところ、前記離婚における場合と同様の理由で北鮮の法令の大要が判明すればこれを考慮に入れるを相当とする。そこでこの点に関する北鮮の法令についてみるに、前掲「離婚事件審理に関する規定」第二〇条によれば、裁判所は、離婚判決に際し子の養育問題を同時に解決しなければならない。しかし子の親権者ないし監護権者指定に関する明文の規定はなく、ただ、北鮮においては子に対する両親の権利義務は同等と考えられている(前掲鑑定書等の資料をここに引用する)。
右北鮮の法令を考慮に入れ、これを一般的な条理の内容を補足するものとして考えると、条理上、北鮮の国籍を有する夫と日本の国籍を有する妻との間の子については、少なくとも監護権者の指定は子の健全な発育のために必要でありかつ許されかつその監護権者は子の健全な発育をなしうる物心両面の資格のある親でなければならないものと解すべきである。本件についてみるに、前認定のとおり母たる原告は父たる被告の不在の間現在までひき続きその間の長男乙一郎を養育し、他方被告は現在も所在不明であるという事情を総合して考えると右長男の監護権者を母たる原告と定めるを相当と考える。
三以上の次第で原告と被告とを離婚すること、原被告間の子長男乙一郎の監護人を原告と指定することを求める原告の本訴請求はすべて正当としてこれを認容することとし、訴訟費用について民訴法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(東孝行)